Stay hungry, Stay foolish.

0からのスタート

2020年12月,どこでもドジでおなじみ「タクえもん」こと梅村拓未は,修士論文の執筆を進めている(実際にはまだ全然進んでいない).修士論文っていうのものは,いわゆる大学卒業に必要な卒業論文みたいなもので,大学院という世間的には頭が良いとされる場所(実際にはあまり学力は関係ないと思う)に進んだ人が書く必要のある論文である.

これを出さないと修士課程を終えましたと言うことができない.僕は「まだ先生になるのは早い!」などと言って,ちゃんとした明確な理由もないのに,得意の天邪鬼を発揮して,周りの友達が大学4年を終えて先生になっていく姿を見ながら大学院進学を決めた.

 

今思えば,大学院がどういう場所なのか,自分で調べず,行けばなんとかなると思って高いお金を払って進学した.両親はその段階でせっかく先生になるために教育大に行って教員免許を取ったのに,我が息子は何をしているんだと頭を悩ませていたと思う.それでも文句も言わず行かせてくれたことに改めて感謝しないといけない.

 

大学院に進んだところまではいいけど,卒業論文を書いた経験はあっても,研究のやり方も知らない,論文もまともに読んだことがない大学5年生は,少しずつ迫る修士論文というプレッシャーに現実逃避をしていた.そもそもよく卒業論文も書けたなと思う.

 

どの世界でも同じことが言えるのかもしれないが,0から1というのは途方もない距離がある.修士論文を書くためにはいわゆる研究をする必要があるけれど,そのやり方を「まじか」ってくらい知らなかった.そもそも世界観が全くわからないって感じ.

 

研究というと身近なところで言えばノーベル賞なんかが頭に浮かぶけれど,そういう学者の卵として歩みを進める場所が大学院である.だから名だたる学者と言われる人たちもこれまで大学で出会った先生たちも大学院での生活を経験していると言っていい.

 

大学院とはそういう場所である.

 

研究の下地は大学4年間で身につけるもので,0のまま大学院には本来来ないものなのだと思うが,大学院1年生を終わっても僕は0のままだった.その後にドイツに1年行っていたけれど,帰国しても修士論文に向けての研究の進捗は0のままだった.

 

僕はドイツから帰国した後に,ある先生に出会い,なんとか0を1にすることができたのだと思う.ありがたいことに今,修士論文の完成に向けて論文を書き始めることができている.


あくまで1に過ぎない

あつまれ どうぶつの森』でユーザーが『ポケモン』のマサラタウンを再現。花畑や21番水道も再現された力作

2019年6月にドイツから帰ってきてから1年半が経過した.何度もブログでも書いているかもしれないけれど,濃密な1年半だった.

 

何も頭に入っていなかった僕は「わかりたい」という思いが人一倍強かった.そもそも知的好奇心は他の人に負けないものを持っていると自負している.知的好奇心を勝負することなんてないけど.

 

もちろんこれまでの学生生活を否定する気はなく,色々なことに興味をもって前向きに取り組んできたつもりだ.ただ,研究活動の経験はほとんどないに等しかった.

 

空っぽの僕にとって,研究の話や学校の先生たちとのやりとりはどれも刺激的だった.

 

自分で言うのもなんだが,メキメキわかることが増えていったと思う.ポケモンを育てている最初の頃,その辺にいる野生のポケモンを倒すだけでかなりの経験値をもらえるのと一緒で,基本的なことを習得するだけでレベルは上がっていった.

 

そして,そのレベルアップを日々感じていた.学会発表もしたし論文も書いた.大学生の前で話をする機会も増えて,自分で調査にも行けるようになった.周りの大学院生よりも確実に贅沢な経験をさせてもらって,力がついてきているような実感を味わってきた.

 

ただ,僕はまだ,ポケモンの1つ目のジム戦で勝ったあたりなのかもしれない・・・

要するにマサラタウンを出て,短パン小僧を倒して,一つ目のバッジくらいは手に入れてるけど,まだ空を飛ぶことも波乗りで海を渡ることもできていない.

 

何もなかった0の僕が1に進めたことは間違いないと思うけれど,多分まだ1のままなのだと思う.


バカであること

アップル, スティーブ ・ ジョブズ, 引用符, スクラブル, ビジネス

 

研究を志す人間にとって,最も大事なことは何か.

 

それは「知的好奇心を持つこと」,つまり「研究することを楽しむ姿勢」であると思う.

 

どんなに頭が良くても,研究することを楽しむことができなかったり自分の専門分野に対して知的好奇心が無い人はきっと研究すること自体に向いていない.少しできるようになったと感じることで,新しいことを学べなくなるのなら,それを生業にすることは難しいと思う.

 

僕はもう一度,「まだ1である自分(そもそも1まで来ているかどうか・・・)」「そらをとぶもなみのりも習得していない」ことを感じる必要がある.

 

深夜特急でお馴染みの沢木耕太郎さんは「26歳までに海外に出てこれまでの価値観を一度壊せ」と言うけれど,26歳までに一度自分が何もできないこと,「バカであること」を知ることが必要なのだと思う.

 

僕は今年度,修士論文を書いて次のステップに進む.この1年で本当に多くの経験をさせてもらったけれど,その経験を一度置き去りにして,武者修行に出る.2018年の夏,大学までの経験を捨てて一度海外に行き,その経験をすることができた.でもそのときの自分にとっては「バカになること」そのこと自体がが目的になっていた.

 

今度は場所は海外ではないけれど,「バカである自分を認めて学び直し,一人前の研究者になること」になることが目的だから,ドイツの時とはまた違う.

 

一旦,これまでの梅村拓未を置いて,4月からは新しいスタートを切ろう.

 

そのスタートを切るための準備を残りの北海道教育大学生活でしなければいけない.

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