親不知が教えてくれたこと

何をするにも…

先に言っておくけど,日本人が日本に住むって本当に便利.だって人類最強のツールを使うことができるから.

 

それが言語だ.

 

自分のしたいことも,してほしいことも,困った時も,言葉があれば正直なんとでもなるんじゃないかと思う.

 

僕のいるドイツは,日曜日スーパーがやっていない.しかもコンビニなんてないし,24時間空いてるお店なんてない.ちょっとお腹減ったからワンコインで食べられるすき家……うん,ない.だいたいどこへ行ってもドイツ語で書かれているんだから,自分が欲しいものがどこに売っているかもわかんない.

 

これこそ,まさに「不便」というやつだ.
どれだけ日本という国が便利だったかなんて考えるまでもないこと.

 

だけど,日本に居続けると,そういうことに気づくタイミングがまずない.文化が違うというような大げさなことではなく,海外に出たら,日本語を使って人や物から情報を得ることのありがたさが身に沁みる.単語がわかっていても日本とはニュアンスが違ったり,同じものかと思えば味が違ったりするんだから.

 

ただ,そんな安定していて安全で,当たり前に便利な生活に少し嫌気がさしていたというのもある.だいたい,僕はもともと,ずっと同じ所にとどまるのが嫌いなタチだ.中学校のクラブチームも誰も友達がいないチームに入った.高校もできるだけ同じ中学のやつがいないところに.大学選びもその基準は変わらなかった.とにかくみんなと同じところというのがなんか嫌だった.(ただの天邪鬼ですね…)

 

そしてたどり着いたのが,ここドイツという国.
誰も知っている人がいない.英語なら一応少しは知識がある.でもドイツ語って何?そんな状態で来てみた.最初の1ヶ月は恐ろしいほど,いろんな目にあった.毎日,くそっ!!って言いながらなんとか生きていた.でも,不自由で不安定で,半分ギャンブルみたいな状況を楽しんでいた自分もいた.そんな状態でもうドイツに来てから4ヶ月が過ぎたわけだ.


歯医者,ですか…

今の僕はよくわかる,どれだけ日本が僕にとって便利だったか,生きやすい国だったか.でも不思議と帰りたいなとならないのは,不安定な感じがまだまだ続きそうだからじゃないかと思う.そして新しい発見や出会いや刺激がここにはあるからである.

 

ただ,不安になると,やっぱり日本ていいなと思う.

 

実は2ヶ月くらい前から若干奥歯が気になっていた.痛くはないし,とうとう親不知の到来か,くらいに考えていたんだけど,それから1ヶ月後くらいにその親不知の場所が痛くなってきた.よくみたら若干黒くなっている.そのときはちょうどクレジットカードの保険が3ヶ月で切れて新しい保険に入らないといけないときだった.こっちで知り合ったお母さんたちに相談しても,「いい歯医者はわかんないけど,早く行ったほうがいいね.」とのこと.

 

いろんな情報が交錯する中,ついに,日本人から紹介された歯医者に行ってみた.実は日本でも歯医者なんて大した行かないし,大きい虫歯を治した記憶もなかった.それくらい歯には自信があった僕.

 

まず行ってみると,当たり前だが,問診票を書く.ドイツ語?それとも英語?と聞かれたから,ドイツ語!と答えた.最近はドイツ語しか話してないから来た時より,英語が話せなくなっている.というより,中学校から6年間の英語学習は物の見事に4ヶ月のドイツ語学習に抜かれてしまった.

 

診察室に入って,とりあえず歯を見せた.見てくれたのは中国人の歯科医さんで若い女の人.とても綺麗なドイツ語で後から聞くと,ドイツで生まれ育ったとのこと.そして日本に弟が留学しているらしく,日本の文化にも興味があるらしい.ドイツ語もゆっくり話してくれたし,とても丁寧な対応だった.

 

こんな素晴らしい歯医者さんに当たったとはいえ,ことはそれなりに深刻なようで,

 

「この奥歯は抜かなければいけません」

 

と言われた.細かいことは正直ドイツ語で理解し切れていないが,そこだけはもう一度,「抜かないといけないですか」と聞き直した.

 

「この奥歯は抜かないとダメですね.」

 

覚悟を決めてなんだかわからない書類にサインを書いて,その日は手術の日を決めてそのまま帰ることになった.家に着いてからというもの不安は襲う.僕の父は何度か歯の治療をしていたが,本当に痛そうだった.決してこうはなりたくいと思い,小さい頃から点検で言われた歯の磨き方なんかはしっかり守ってきた.まさかこんな故郷から離れた地で歯を抜くことになるとは全く思わなかった.

こうなってくると,ドイツ語学ぼう!とかいうテンションでもなくなってくるし,他のことは考えられない.意外と自分は脆いということがわかる.

 

そして,2018年12月13日(木)
決戦の日

 

歯科医さんと堅い握手を交わし,手術は始まった.まずは注射で麻酔.口の中に注射なんてされたことがない.思わず目を閉じてしまう.三本の注射を打つと,どんどん口の中の感覚がなくなっていく.そして僕の奥歯を叩いたり,引っこ抜こうとしたりするも口の中で何をされているか想像することしかできない.

そしてちょっと休憩かと思ったら,別のおばさん歯科医さん到来.なんか昔インフルエンザの検査で無理やり鼻の中に綿棒を入れられたのを思い出す.そんな感じのオーラのおばさん.

その人はもう,金属でガンガン歯を叩いていたと思う.痛くないけど,想像で痛いわって思ってた.まるで幻術.

 

ついに,僕の歯は取れた!
最後は糸で止めて終わり.あとは次の日に糸をとってここはおしまいだとのこと.

意外と手術自体は痛くなかったんだけど,帰って麻酔が取れてからは痛みとの長い戦いがあった.


「有り難い」ということの意味

僕は子どもの頃から本当にひどい熱を出すことが多かった.その度に母がお世話をしてくれた.病院に行けば,熱冷ましやらもらえるし,ドラッグストアに行けば,冷えピタやら水枕やら色々手に入る.病院でどういう症状かしっかり教えてもらえる.

そんな今まで当たり前だったことが,実は当たり前ではなかったということに海外で気づかされる.本当は,有ることが難しい,簡単ではないことだったんだと.歯が痛いなと思いながらベットの上で保冷パックで冷やすことしかできない自分は,本当にいろんな人に助けられてここまで生きてきたんだなと痛感した.

 

では,日本は便利だ,とか安心だと考えている多くの人と考えたい.
確かに日本は便利だし,安心だと思う.

 

だが裏を返せば,便利だからこそ,有り難いことが身の回りに転がっていることに気づくことができない.便利すぎて身の回りのことに対して感謝を忘れてしまうのではないか.

 

そして本当に安心なのか?スリが少ない,テロがほぼない.これは海外に比べればきっと本当のことだろうが,安心というのはそれだけのことを言うのだろうか.例えば,原発の問題.正直,今の日本が環境的にどれくらい安全かなんて多くの人が知らないんじゃないだろうか.金銭的に言えば,今日本は借金でいっぱいだ.これからロボットの仕事が増えていくことでいろんな仕事がなくなっていく.年金を受け取る世代がどんどん膨らんでいき,将来は年金をもらえないどころか,これまで以上に長生きするであろう年配の方々を僕たちの世代はどれくらい支えることができるのだろうか.

僕が怖いなと感じるのは,気づいたらある日,日本が安心,安全じゃない国になっているんじゃないかということだ.

 

今まで当たり前だと思っていたことに本当の意味で感謝することができ,日本という国が本当に安全なのかを疑う目を持つことができたことは,僕にとってドイツに来た大きな収穫なのかもしれない.

 

当たり前なことが実は当たり前じゃない感謝すべきこと,自分の住む日本って本当はどんな国なの?って考えるきっかけをくれた親不知,そして誠意を持って歯の治療をしてくれた歯医者さんに僕はありがとうと言いたい.

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